運気を一瞬で上げる方法。

言いたい事を言えずに我慢していると、自分の身体が沸騰したように熱くなることがある。
人の思考は強力なエネルギーなので、溜め込むと自分にダメージを与えることになる。
そんな時、私は、自分がイライラしている事に気付いたら、場所を見計らって叫ぶことがよくある。

「ぬぁぁぁーー!!!!」
「おぁぁぁーー!!!!」
「クソが!!タコが!!うぉぉー!!」

と叫んで、一旦チャラにする。笑
思い通りにならない事もやはりある。
だからそれに気付いたら言い争うのではなく、私は一旦外に吐き出す。

これはかなりいい解消法だと思う。
すると、不思議な事に身体が軽くなり明るい気分に自然となる。

人間の感情は喜怒哀楽が回っていると聞いたことがある。
嬉しいことばかりではなく、腹が立つこと、哀しいこと、楽しいことが生きていればいくらでもある。
感情は常に移り変わり循環しているそうだ。陰があれば陽もある。裏があれば表もある。どちらも表裏一体なのだと思う。

捉え方次第で、見え方は変わるとも言われるが、どうしても良い方に解釈できないこともやはりある。出来ない事は無理してやらない事だ。

そんな時は叫ぶのだ。
心のままに叫ぶのだ。

「ぬぁぁぁーー!!!!」
「おぁぁぁーー!!!!」
「クソが!!タコが!!うぉぉー!!」
「つぉーー!!!ゴミめ!!カスが!!死ね!!ファック!!ファック!!クソが!!!」

と、叫びたいだけ叫べばスッキリする。
かなりオススメだ。

よく、自己啓発の類いの本などを読んでいると
「汚い言葉を使ってはいけない。」とか
「悪口を言ってはいけない。」とか
「物事に対する見方を変えなさい。」とか
そんな事が書いてある。
しかし、そうも言ってられない事が誰にだってある。腹わた煮えくり返ってしょうがない時は叫ぶのだ。もしくは無意味に走るのだ。

自分の中に溜め込んではいけない。
溜め込む事が癖になると、普段から出る言葉が暗い陰湿なものに変わってしまうからだ。

それがエスカレートすると、鬱になる。

無意識に溜め込んで心の中で呟いている言葉が口癖になってしまい、自分を呪う呪文のようになる。自分の感情を舐めてはいけない。
そうすると、自分が自分にかけた言葉が知らぬ間に自分を呪う。
八方塞がりのようになり、「なんでこんなことばかり起こるんだ!」と更に自分を責め行き場を見失う。
言いたい事が言えない事が当たり前になると、やはり辛い。

言葉にならなくてもいいから、誰かに分かってもらおうとしなくてもいいから一度吐き出す事をオススメする。

ただのストレス解消法と思って侮ってはいけない。これだけで運気の流れがガラッと変わると私は睨んでいる。

 

 

 

個展を開いてみようと思ふ。

週刊ロジーというフェイスブックページを一週間に一度くらいのペースで更新しています。

【週刊ロジー】

https://m.facebook.com/shukanroji/

個人的な目標として、これらの写真を使って写真集を作るのと、個展を開いてみたいと前々から思っていました。

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以前Facebookを見ていたら、原宿のデザインフェスタギャラリーという会場を見つけました。
確か7月くらいに「3丁目の写真展」という個展を開いていたので、見に行ったところ会場の雰囲気がとても気に入りました。
デザインフェスタギャラリーは、元々アパートだった物件をリフォームしてギャラリースペースとして展開しています。

会場入り口はこんな感じ。

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壁にはたくさんのアートが自由に描かれており、西館と東館の間にはカフェとお好み焼き屋さんがあります。とてもとても雰囲気がある場所です。

説明会では

・個展の説明

・スペースの使用方法の説明
・会場内の案内
・質疑応答

などを行いました。

ギャラリーのスタッフがゆるゆるとした雰囲気の中、説明をしてくれて質疑応答では参加者の皆さんが何を造っていてどんな個展を開くのか一人一人話してくれました。

参加者は全員で7名で
女性の絵を描く人、帽子を造っている人、ハンドメイド作家、装飾家、詩を書いている人、カメラで10年以上廃墟撮影を続けている人、スマホで路地裏を撮っている人(自分。笑)
が参加していました。

参加者一人一人が何かを表現するという事に対してとても積極的な方ばかりで、とてもいい雰囲気の中の説明会でした。

説明会後に、会場なかのカフェにてスタッフと1時間ばかり雑談。

アートの話、哲学の話、コンセプトの話、仕事の話、趣味の話などなど。

初対面にも関わらず深い話をじっくりとしました。
このギャラリーは、どちらかと言うとアマチュアの人が個展を開いてみたいけど、どうすればいいんだろうと迷っている人が最初の一歩を踏み出すのには最高の場所かと思います。

非常になんとゆうか温かい雰囲気の中、個展をきっかけに友達を作るのにも最高の場所かと思います。

これからもちょくちょく遊びに行こうと思います。

 

Design Festa Gallery】

HP

http://www.designfestagallery.com/

ブログ

http://designfestagallery-diary.blogspot.jp/?m=1

Twitter

@DFGharajuku

 

 

 

 

隅田川花火大会。

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隅田川花火大会を見た。
実を言うと、全く花火を見に行こうと思っておらず場の雰囲気から突然花火を見に行くことになった。

 

そういや今日花火か。
花火ですね。
二万発らしいよ。
まじで?
雨だから中止じゃね?
いや、やるっしょ。
やるかな?
やるっしょ!
行く?
行くー!!

 

こんなノリだ。

あいにくの雨ではあったが、花火大会は決行された。
私は花火の意味についてよく知らなかったが、ある人から花火の意味について聞いた。

 

「なんかね、花火って亡くなった人の霊を鎮める為にやるようになったんだって。江戸時代から。」

「へぇーー。」

「灯籠流しとかもなんか意味がありそうだね。」

「そうだね。全部意味があるみたいだよ。」

 

という感じで知った。

何故か最近、お墓や先祖の事、日本の歴史について知る機会が増えている。

とりあえず雨の中、花火の見える絶景ポイントまで意味もわからず車を走らせた。


ここまっすぐいくと多分花火見えるんじゃね?
あ、そうそう。ここまっすぐ行くと明日のジョーいるよ。
明日のジョー
これこれ。

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ウケる!
シュール!
ジョー

 

そんな会話をしつつ、現地に向かう。
花火を真近で見るのはかなり久々だった。車を停めた場所はかなりの絶景ポイントでありながら、それ程人もいなく最高の場所だった。
花火が打ち上がると、強烈な破裂音が聞こえる。だけど、それを聞いても一切不快感を感じないから不思議だ。

車を路駐して、近くから15分程度花火を眺めた。

 

おー。
おほほー。
綺麗だー。
キマシター五連花火キマシター。
五連ーー!!
おー。おほー。
あれ、女子が好きそうな花火ですね。
あーそうだね。
来たースダレ!スダレ!
いやー絶景だね。
おおーー。

などと、奇声を発しながら場を楽しむ。

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しかし、交通規制の警察がうるさかった為に車を別の場所まで走らせた。
車中から花火が見える!見えない!で騒ぎながらも車を走らせる。

 

あー見える。
あー見えない。
左行きたいけど交通規制がー。
ビル邪魔だよ!ビルが!
もうちょっと、こう、こっちから見たい!
なんか人めっちゃいるからここから見えるんじゃね?
車とめらんねえわ!
ここ絶景だな!
うぁー通り過ぎたー。

 

などと花火が見える見えないで車中は盛り上がる。

結局打ち終わりの20時30分には全く花火が見えない場所に停まり、
私の2017隅田川花火大会は終わりを告げた。
まぁ、夜のドライブを楽しめたからオッケーだ。

東京は催し物が本当に多くて毎月楽しみなイベントがたくさんある。どこに行っても何かしらで盛り上がっていてどこに行っても楽しむ事ができるなぁとつくづく思う。

しかも、私が花火だ。祭りだ。海だ。川だ。などと、常々騒いでいるため一緒に見にきてくれる仲間がいつもいるのが素直に嬉しい。

来月の8/13には灯籠流しがあるようだ。見に行かねば。

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人生の転機。

ふと、人生の転機について調べてみた。
人生の転機が訪れるとき何が起こるのか?こんな事が書いてあった。私自身の持論も交えて書いていこうと思う。

1.今まで興味があった事に興味がなくなる。

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これは、あぁなるほど!と思った。
人は、日々成長している。太ったり、痩せたり、シワが増えたり、年齢が増加したり。
とりあえず時が経つにつれて何かしらが成長している。
今まで興味があった事に興味がなくなる。というのは成長しているという明らかな証拠だと思う。
言い換えれば、視野が広がった。とも言うべきだろうか。
例えるならば、
猿から人間へと進化してきたように。
子供がハイハイから一人歩きをするように。
補助輪をつけて乗る自転車から補助輪なしで自転車に乗るように。

徐々に、その人が自由に動き回れるように意識が広がってきている証拠だと思う。

だから今まで必要だった事が必要ではなくなり、興味がなくなる。と思った。

2.会話が噛み合わなくなる。

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新しい物を見たり聞いたりすると、今まで信じていた事だけが正解ではない。と気づく事がある。

しかし、それを知らない人からすると、ただの怪しい話に聞こえたりもする。

意識の広さなのか狭さなのか、
視野の高さなのか低さなのか
よく分からないが、とりあえず今まで話していた人とは、話が噛み合わなくなる。そして、相手も自分に対して興味がなくなる。
同じ日本語を話しているのに、英語を聞いているような感覚だろうか。
とにかく何から何まで噛み合わなくなる。

古い考えに慣れ過ぎていると新しい考えに違和感を感じる。また、新しい考えに慣れてくると古い考えが鬱陶しく感じてくる。互いに似たり寄ったりだが、次に進むためには必要な過程なのかもしれない。

3.眠くなる。
転機が訪れるとき。やたら眠くなるらしい。
これはあまりピンと来なかったが、冬が明ける前の冬眠とでも言った所だろうか。
脳が一時、情報のシャットアウトを始めてその結果眠くなるのだろうか。
この辺はあまりよく分からなかった。

4.居心地の悪さを感じる。

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今まで居心地が良かったのに、居心地が悪く感じる。
興味がなくなる。会話が噛み合わない。眠くなる。と、くればやはり居心地も悪くなる。

運命なのか、宿命なのか、「ここではないよ!」と何かに導かれている。とでも考えておけばいいかもしれない。
私の場合、仕事を辞めて何をするかも決めていなかった時、実家に住んでいたのだが、まぁ居心地は最悪だった。
会話が噛み合うはずもなく、考えを分かり合える訳もなかった。

仙台から東京に出てくる時にはやはり不安もあったが、多分、あそこにはもう居てはいけないのだろうな。と心の何処かで思っていた。

人生の転機。というと大袈裟に聞こえるかもしれないが、今まで必要なものが不要になったり、環境が徐々に変わってきたりもするが、これも成長の過程と捉えてプラスに考えておけばいい。
止むを得ずに離れ離れになる事もあるが、出会いがあれば別れもある。
変わる事を恐れずに、人生の転機を迎えて頂きたい。

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力を抜く。

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最近は、力を抜く。という事についてよく考えている。

例えば、重たい物を持ち上げるときに手と腕に力を入れて持ち上げて見ると、なぜか疲れる。これは、腕の力しか使っていないからだ。

逆に、手と腕の力を抜いて、ダラーっとしながら身体全体で持ち上げると、重たいは重たいのだが、腕の力をほとんど使っていないから、身体にかかる負荷の量が身体全体でカバーする事ができる。
持とうとするのではなく、身体に持ってもらうイメージだろうか。
すると、重さの感じ方が変わってくる。

他には、物を探すとき。

見つけよう!見つけよう!と目を凝らして探すと恐らく視神経に力が加わり視野が狭まる。

だから、探すときも探そうとせずにボヤーっとその周辺を見て入れば視野は広がりすんなり見つける事ができると思う。
(時と場合による)

力を抜く。という事は案外できそうでできない事が多い。

コミュニケーションにしても、何か面白い話をしよう!しよう!と思うと、多分脳が萎縮する。

すると、やはりいい話題が出てこなかったりもする。
イデアにしても、信頼関係にしても、こうゆう文章を書くにしても良いものを書こう!だとか、良いところ見せてやろう!だとかいう無駄なチカラ(意識)が働いた時点でやはり本来のパワーは発揮されないと思う。

そんな事をよく考えている。

 

 

 

三丁目の写真展。

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以前から気になっていた原宿の個展に行ってきました。
たまたまFacebookで見つけた
「3丁目の写真展」というキャッチコピーに惹かれ、身体の調子が悪いにもかかわらず行ってきました。(夏風邪)

千代田線に乗って風邪を誤魔化しながらもなんとか明治神宮前に着いた。

3連休の初日ということもあり、人は多かった。

とりあえず、個展の場所まで足を運ぶ。

竹下通りを超えて、少し歩くと風変わりなマンションがあった。個展会場だ。

二階に上がり、部屋に入るとポツポツと写真が飾られてある。

どうやら最初に入った部屋は
ポートレートの個展会場だった。
私は、余程でない限り写真をじっくり見るタイプの人間ではないためにササっと見て隣の部屋に。

どうやらこのマンションは3階建てのようで、全室が個展会場になっている。

ポートレート
風景画
ヌード

など、イベントスタッフのそれぞれのセンスが建物のあちらこちらに垣間見えた。

ちょっと面白かったのがメガネでデブのサラリーマン風の男性モデルが傘を持って、座位で撮られたり、雨に濡れて見たり、傘を持って歩いてみたり、傘を畳んで座ってみたり

ふつーなら見逃してしまう当たり前の風景も、こうやって個展会場に飾られているとかなり絵になり、サラリーマンも捨てたもんじゃない!と思った。

撮られている白黒のポラロイド(だったかな?)写真はかなり個性があって面白かったのでオススメだ。

一階に降りると、イラスト、切り絵の個展会場があった。作家のそれぞれの個性が小さな部屋に広がる。
部屋に入っても特に会話はなかったが、様々な思いを抱いている事がそれぞれの作品を通じて伝わってきた。

個展会場に飾られている写真を眺めながらあーだこーだと話をしている人たちの声が、静まり返った会場を微かに盛り上げている。

個展ならではのテンションだと思う。

私はその声を聞きながらも様々な写真を見ていた。

ここまで大きくなくてもいいから、私も個展を開いてみたいなぁと思いました。

いいから、自分の中をグルグル廻れよ!〜突然湧いてきた声〜

人生の意味はなくてもいいよ。
あってもいいよ。

ただ、意味を求め過ぎて自分を縛っちゃダメだよ。

神の声なんて聞こえなくてもいいんだ。

人から好かれようとしなくてもいい。

やりたい事が見つからなくてもいいよ。

疲れててもいい。

なんのために生きてるのかわからなくなる時だってあるさ。

ずっと歩いてるんだよ。自分の道を。

意図的に人生が作れなくてもいいよ。

嫌なことが起きてもいいんだよ。

その度に落ち込んだっていいさ。

泣いてもいいさ。傷ついて孤独を感じてもいいよ。

何もかも全部チカラになる。

無駄なことなんてないよ。大丈夫。

なんでもいいんだ。

自分の中をグルグル廻れよ。

回らねえと分かんねーだろ。

何回も何回も回るんだよ。

そうしないと、悩みが悩みのままで終わっちまうんだよ!

何回も何回も回るから解決策っぽい道が見つかるんだよ。

バラバラになってる地図をぐちゃぐちゃ悩む事で繋ごうとしてんだよ。

お前の脳が!だからいいの!ぐちゃぐちゃで!
グルグル廻れよ!そうすっと繋がるから!
あー!ってなるから!

悩む事はダメな事じゃないの!!

 

まだまだ湧いてきそうだ。。

 

多分、続く…