自分らしさ。

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最近はけっこうな頻度で家の仲間とワイワイやっている。

私が引っ越して来たばかりの頃は、住民同士の関わり合いがなく、かなり冷え切っていた。

何故そうなっていたのかはよく分からないが仲が悪いよりも、仲が良い方が住んでいて安心すると思う。

住んでいる世代は20〜27くらいの世代が多く、みんな昔自分が悩んでいたような事で悩んでいる。

だけど、あまりアドバイスはしない。

金が欲しい。彼女が欲しい。楽な仕事がしたい。好きな事をしたい。

口にするのは簡単だがそれを行動に移す人はあまりいない。

私が25〜6歳くらいの頃は、お金があってオシャレだったらモテるだろ!的な変な考えを持っていた。

しかし、いくら金があろうが、高い服を着ていようがあまり人と関わりを持てた事がなかった。

ようするに、モテなかった。

多分、変にカッコつけすぎていたのだと思う。

美人すぎる女には近寄りがたいように、あまりにも自分を飾り立ててもあまり意味がない。

しかし、当時の自分にはその事実が全く理解が出来なかった。

いつも同じような事を考えてはどん詰まりしていた。

どうすればモテるんだ?
どうすれば上手く行くんだ?
どうすればなんかこう、いい感じになれるんだ?

と、よく訳のわからない煩悩に振り回されていた。

つまり自分のことがよく理解出来ていなかったのだと思う。

多分、何もかもが、人生のあらゆる事が自分を理解することから始まる。

そこから「自分らしさ」というものが醸し出されてなんとなくいい雰囲気が出てくるのだと思う。勝負はそこからスタートだ。

そのためにまずやる事は自問自答ではないだろうか。

自分は何が好きで、何が嫌いで、何に興味があって、何が出来て、何が出来なくて、何が得意で、何が苦手なのか?

自分を理解する必要がある。

 

すると、自ずと自分のスタイルが醸し出される。

自分に合った服、自分にあった話し方、自分に合った人間関係、自分に合ったテンション、自分に合った場所、自分に合った音楽、自分に合った仕事、自分に合った時間etc…

自分を理解すればするほど、しっくりした物や人や場所や出来事が何もせずとも勝手に引き寄せられてくる。

これは、間違いなく言える事だ。

すると、得体の知れない煩悩に振り回される事は自ずと減ってくる。
そして、自分にあった出来事が自然に緩やかに流れてくる。

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そんな事を、最近はよく考えている。

 

 

仲間。

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大晦日は忘年会。

昔からあまり友達は多い方ではなかったので、こうゆう特別な日に仲間と一緒にいれることがとても嬉しい。

2017年が終わった。
そして年が明けて、2018年がはやくもスタートした。
新年早々さっそく浅草寺にお参りに向かった。

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うちの家から浅草まではバス一本で20分程度で行くことができる。
下町を楽しむのにはかなりベストな場所に住んでいる。

去年は、大晦日の夜から3時間弱神社に並んで寒さに震えながらおみくじを引いた記憶があるが、極度の寒がりと並ぶの嫌い症候群のため、今年はそんな事をしないで済んだ。

大晦日や、元朝参りにはみんな特別な思い入れがあるようだが、個人的には寒いのを堪えてまでお参りに行ったり、無理矢理楽しみたいとは全く思わない。

結構ドライだと思う。

ただ、
クリスマスだ!とか
大晦日だ!とか
忘年会だ!とか

無理矢理理由をつけて酒を飲むのは好きな方だ。
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そして、飲むのは好きだがそれほど酒が強いわけでもない。

私は今年の2月10日で33歳になる。
シェアハウスの仲間は20代前半から20代半ばの比率が高い。

圧倒的におっさんの立ち位置にいる。

しかしみんな年齢がどうだ。とかいう妙な偏見がないためにみんなとても仲良くしてくれる。

若い世代の連中といると、色んな話が聞けて楽しい。

みんなそれぞれに漠然と理想を持ちながらも今できる事を一生懸命やっていると思う。

将来ビックになって、札束持ち歩いて買い物したい。
身体を鍛えまくってボディービルの大会に出たい。
世界中を飛び回って自由に生きたい。
結婚したい。
彼女が欲しい。
ヨーロッパに行きたい。
一人暮らしをしたい。
有名なユーチューバーになって好きな事で生きていきたい。
金持ちと結婚して幸せに暮らしたい。
早く日本語を覚えて仕事に就きたい。

日々の何気ない会話の中でみんなが話している事だ。

みんな大っぴらに声を張り上げて語るわけではないが、こうゆう夢をみんな持っているという事実に触れる事ができて私はいつも嬉しい気持ちになる。

私は、みんなの理想の話を聞いた時、否定しないように心がけている。

いいじゃん。絶対なれるよ。最高じゃん。と、背中を押す。

私もそれなりに理想はある。

ただ、それがどのようにすれば達成できるのかは分からない。
分からないけど、自分の理想も、他人の理想も否定しない。
常に肯定しようと思う。

できるよ。大丈夫だ。

と、なんの根拠もないけれど常に言う。

そして、いつも自分にも言い聞かせている。

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ナンパのコツ。

最近、仲間でナンパをしている。
彼女がいない男同士で、彼女が欲しい!出会いが欲しい!という友達がよくいるので街に繰り出す。

ナンパというと、非常に聞こえが悪いが、コミュケーション能力を高める上で非常に役に立つと思う。

ナンパのコツは、

「普通に話すこと」だと思う。

綺麗な女性や、可愛い女性は町を歩いていればいくらでもいる。

そこでコミュケーションを成立させるにはいかに高ぶらずに普通に話せるか?だと思う。

つまり平常心だ。

仲間内で話す分には普通に話せるのに、女性の前に立つと何も話せなくなる男性が自分の周りには多い。

私が思うに多分、気負い過ぎだ。

上手く話そうとか、一発で落としてやろうとか意気込むと話の話題は何も浮かんでこないと思う。

気負うと脳が萎縮するのだ。

だから情報が入ってこないし出て行かなくなる。

面接試験とかで緊張のあまり頭が真っ白になる状態に似ていると思う。

そうならないように、いかに普通に、高ぶらずに平常心を保てるかがポイントだ。

これまで4人の男たちと共にナンパに繰り出した。

トップバッターはいつも俺だ。

俺が声かけたらいってね?と約束をするも、4人中4人が1〜2時間くらい固まって動けなかった。笑

これを見てて、面白いなぁ。と思った。
4人に共通して言えるのが、やはり
「気負い過ぎ」だ。

当たって砕けてしまえばあとは勝手に身体が動いてくれるのを私は知っているが、そう簡単に動こうとはしない。

そしてもう一つ共通点があった。

 

選び過ぎ。
あの子は可愛くない。とか
あれはタイプじゃない。とか
あの人に声かけたら嫌な顔されそう。とか
いや、あの人はもう帰るから無理だ。とか
やらない理由を次から次へと集め出す。

本人は必死なのだろうが側から見ていると実に滑稽で面白かった。

ナンパなんて嫌われてナンボだし、バカにされてナンボだし、失敗して普通だ。

それでもめげずに声を掛けていればスーパーラッキーが訪れるかもしれない。

 

砕けてしまえばいいんだよ。どうせ死なないから。

 

無題

なんだか今日は気分が上がらない。
久しぶりに「誰とも会いたくないなぁ」という気持ちになった。

数年前に、人間不審になって引きこもっていた時期がある。
毎日、何をしていても嫌な気分から抜け出すことが出来なかった。
最近はそんな気分になることはかなり減ったが、疲れが出てくるとふっとそんな気分になることがたまにある。

今、そんな気分なのは、単純に筋肉痛のせいだ。

引きこもってみて、自分なりに分かったことがある。
自分が思うに、落ち込んだ気持ちを無理矢理上げたり、無理矢理希望を持って行動をするのは逆効果だと思う。

鬱病の人に「頑張れ」と言うのと同じだ。

当時の私は、凄い人に会うことや、上手くいく方法などを聞くことがとても辛かった。

ただ、そんなのどうだっていいから、寄り添ってくれる仲間が欲しかった。
励まして欲しいわけでも、何かが欲しいわけでもなかった。

ただ、隣に誰かがいて欲しかった。
だけど、誰かに会うのが怖かった事を覚えている。

元気が出ない時や、どうしようもない気持ちになる事は悪い事ではないと思う。

一度自分に向き合って、自分の中に入って行って深く自分を見渡すことが必要だと思う。

何もない日常を、ただ、生きているだけでもいいと思う。

夢も目標も別になくていいと思う。

なにかを果たす為に生まれてきたわけじゃないと思う。

何もかもが自由だ。

どんな自分でもいいのだと思う。

ダメならダメでもいいから。

自分らしく生きよう。

ふと、寝転がりながらそんな事を考えている。

バーベルに殺される。

 昨日、初めてトレーニングジムに行ってきた。

千駄ヶ谷駅をおりてすぐにある東京体育館へ向かった。

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最近、シェアハウスの仲間で筋肉部を作った。せっかくなのでトレーニングをすることに決めた。
友人曰く、「トレーニングウエアを着た女性がエロい」と聞いたので、まじか!と思った私は一目散に身体を鍛えなおすと決めた。

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極めて不純な動機である。

私は体力を使う仕事をしているので、「ベンチプレスは、まぁ、90kgくらい上がるべなー。」くらいに思っていた。ら、たったの65kgしか上がらなかった。バーベルに殺されかけ、死んだ。

バーベルを挙げようとすると、顔から湯気が吹き出るような感覚に陥り、バーベルに殺されそうになり、死ぬ。

具体的にはこんな感じになる。

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https://youtu.be/dc-Wz1m8iYY

 

私は高校時代は柔道部だった。
当時は身長173cm体重70〜72kgだった。
周りには自分よりもデカイ選手がいて、平気で100〜130kgは上げていたのをよく見ていたのを覚えている。

ベンチプレス、ハイクリーン、スクワット共にたしか90kgが限界でそれ以上は全く上がる気がしなかった。

当時から「俺は筋トレの才能はないなー。」と思いながらもやっていた。
身体を鍛える上で、無駄な筋肉はつけない方がいい。という話をよく耳にする。
それよりも体幹(インナーマッスル)を鍛えて自分が思った通りに動く身体を作った方がいい。という話をよく耳にする。

 

でも、素人的な感覚でいうとぺろぺろな身体よりも引き締まった身体の方がいいよなぁ。と思っているので、モノは試しで、とりあえずしばらくはバーベルに殺され続けて、これからもちょっとずつ鍛えていこうと思う。

おかげで今は筋肉痛で動けない。

クリスマスイヴだと言うのに。

 

ノスタルジック忘年会。

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昨日は古いもの好きの先輩方と一緒に忘年会。

場所は谷中。

夜の谷中は人通りがとても少ない。
しかし、なんとも言えないノスタルジーな雰囲気が町全体を包んでいる。

とても不思議な町だ。

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お店は特に決めていなかったが、フラフラと歩いてなんとなく気になる店に入った。

海鮮居酒屋だろうか。

カウンター席のみの店内は三人入ればほぼ満員状態の狭さだ。しかし、その狭さがとても落ち着く。

店の中から外を眺めてもほとんど人は歩いていない。かなり隠れ家的な店だ。
しかもコスパが良く、料理も美味い。かなりの大当たりだった。

集まった三人は、古いものが好き。という共通点がある。LINEグループで普段ちょこちょことやり取りをしているが、会うのは半年ぶりくらいだった。

しかし、話は全く途切れないから不思議だ。

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話の内容は様々だ。
美味いベーグル屋の話。いらなくなった70年代のグラスのロゴの話。隠れ家的な名店の話。骨董市の話。古着の話。美術館の話。好きな町の話。オールドミュージックの話。レトロな喫茶店の話。LINEグループのメンバーの話。仕事の話。好きな風景の話。日本酒の話。これを飲むと悪酔いしてしまうんだよ的な話。路地裏の話。台東区の話。酉の市の話。

もう、次から次へと話が出ては止まらない。三人とも共通してノスタルジーな雰囲気が好きなので会話の雰囲気もゆるやかに流れて行く。

1軒目の料理が非常に美味だった。
マグロの脳天刺し、しじみの酒蒸し、エビの丸焼き、エリンギのチーズ焼き、鰯刺し、納豆厚揚げ、などなど、散々食って飲んで一人3000円弱だったから驚いた。安い。美味い。最高だ。

割と酔っ払いながら2軒目の店を探した。外は寒い。

去年見つけた根津にあるbarに向かった。
店内は70年代のレコードが流れているこれまたノスタルジックな雰囲気でスイカのカクテルが美味い事を覚えていたのでそこに向かった。

店の外からはなにやら歌声が聞こえる。

ライブだろうか。

店内を覗くと、狭い店内にかなりの人が入っており、ライブで満席のために入る事が出来なかった。

かなりいい雰囲気で、今度こそは絶対に行きたいと思う。ますますスイカのカクテルが飲みたくなった。

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仕方がないので、近くの店を探した。

路地裏にラーメン屋だとか、居酒屋、焼肉屋が点々とある。

中でも雰囲気のいいbarを見つけそこに入った。店内はカウンターとテーブル席が2つ。久しぶりにbarに行ったために、私は少しばかりドギマギした。

アメリカンな雰囲気の店内では80年代の洋楽が静かに流れていた。店の天井はヤニで黄ばんでいる。
個人的になかなか嫌いではない良い雰囲気を醸し出していた。

アメリカン風なbarなのに、なぜか牡蠣がおススメらしく、牡蠣鍋を三人で突いて食べた。なんと、抜群に美味い。大当たりだ。

どうせなら変わったお酒が飲みたい。という事でそれぞれちょっと変わった酒を頼んだ。

これまた美味だった。

2軒目でも相変わらず話は続いた。
あーでもないこーでもない。と三人でしゃべり続け気づいたら24時を回っていた。とゆうことで、今回はこの辺でお開き。

たまにしか会わないけど、こうゆう仲間を大切にしたいと思っている。

また飲みたいなぁ。

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ノスタルジックな夜だった。

 

常識という縛り。

私は、シェアハウスに住んでいる。
ここは、都内でも比較的家賃は安く生活費をかなり抑えることが出来る。

しかし、何故だろうか。お金のない人が非常に多い。

ここは若い世代が非常に多い。
大学を辞めてバイト生活をしている若者や、上京してきて新しい職についた若者、何をやっても続かず何故かお金がない人など様々だ。

お金を得る方法はいくらでもある。

 

・就職をする。

・起業をする。

・副業をする。
・はたまた一発逆転で大儲けをする。笑

 

など、お金を手に入れる方法は様々あるとは思うがお金がない人の共通点はこうだと思う。

 

選びすぎる。
日本には、たくさんの仕事がある。しかし、お金を手に入れる時に選びすぎてしまい、考えすぎてしまい動けなくなる人は非常に多い。
個人的な考えになるが、たくさんの仕事の中から自分に合うものを見つけるには様々な事を試してみるしかないと思う。

とりあえずやってみるのだ。

痛い目にあってしまえはいいのだ。

それを経験することにより、情報量が増える。と思えば失敗ほどありがたいものはないのではないだろうか?と私は考えている。
もちろん当たり外れはあると思うがその過程の中で心が折れてしまう人は非常に多い。
しゃあ心が折れてしまう原因はなんなのだろうか。

 

常識という縛り。
これをしてはいけない。あれをしてはいけない。これをするのはダサい。これをやるとあの人になんて思われるか。

客観的に見てみると上記ののような結構どうでもいい事で悩んでいる人も非常に多い。

自分の意思ではなく、別にどこにいるわけでもない幻の他人を自分で作り上げてしまい自分を自分で縛っているのではないだろうか。故に決断ができない。動けなく。とゆう呪縛にかかる。

つまり自分に軸がないのだ。

自分で決める。というシンプルな行動を取らない事が当たり前になりすぎて、なにかを選ぶ時に迷ってしまうのだ。
「これが上手くいかなかったらどうしよう。」とか
「これで失敗したらどうしよう。」とか

このよく分からない幻想により、まだ起きてもいない事を勝手に想像して自分で自分の足を止めてしまうのだ。

このパターンは非常に多い。

ではどうしたらこのパターンから抜け出せるのだろうか?

 

意味づけを変える。
何かを始めようとする時に、
これをしてはいけない。あれをしてはいけない。これをするのはダサい。これをやるとあの人になんて思われるか。

という幻想が必ず湧いてくる。

ここで意味づけを変えるのだ。

例えばこんな風に。
・これをしても別に死なない。
・あれをしても別に誰かに怒られることもない。
・これをしたらダサいかもしれないけど、別に誰かに見せるためにやるわけではない。
・これをやるとあの人になんて思われるか別に自分には関係はない。

全部自分の都合のいいように変えるのだ。
初めは違和感を感じるかも知れないが、慣れてくるとそれが当たり前になってくる。
考え方を変えると行動が変わり、物事の解釈が変わる。
すると、世界の見え方が変わる。

些細なことかもしれないがなんのリスクもないので試してみてはいかがだろうか。