閃きを起こす方法。

「閃き」という言葉がある。

突然それに閃き、それをやったら上手く行った。的な話だ。


私は、閃きというものがあまりないタイプだと思う。
感覚的に物事を捉えたりするけれども、どちらかと行ったら理論的に物事を捉えて分析をしながら自分らしく形にしていくタイプの人間だと思っている。


これは料理が非常にわかりやすい。


例えばチャーハンを作るとする。


チャーハンに関するざっくりとした知識がなければ多分作ったとしても失敗に終わってしまう。


チャーハンの良さは早く出来て美味いところだ。


だから、チャーハンに入れる具は柔らかく火の通りやすいものを入れると思う。


だから、具材には玉ねぎ、ナス、ネギ、ミンチの肉などを入れる。
そして、これらの具材にも火の通りづらいものがあるので、それらの順序も考えながら炒めていく。


しかし、チャーハンに関する知識がない人はそういった発想が出来ない。


フライパンに火を通したはいいが、油を入れずに米を入れてそこに火の通りにくいジャガイモやら人参やらを入れて焦げ焦げの具材は硬くて食いづらい見事な失敗作チャーハンが出来上がる。


これらは、全く料理に関する知識や経験がなければしかねない結果だと思う。


笑ってしまうような話だが、全く無知の状態でやると上に書いたような事が起こる。


ある程度の知識を入れて、ある程度の失敗を繰り返し、ある程度の試行錯誤を繰り返すと自分の頭の中に描いたようなチャーハンが出来上がる。


その繰り返しの先に「閃き」というものが起こる。


結局何が言いたいのか分からない文面になってしまったが、閃きを起こしたいならまずは失敗をしなさい。的な事を言いたいのだと思う。

 

信用を得る人、信用を失う人。

キングコング西野さんのブログやらYouTubeやらを最近ひたすら見ている。

「お金とは信用を数値化したもの」
と、西野さんは何度もくちにしているのだが、いまいちピンとこない。


信用を数値化?
信用を稼ぐ?


この文字だけ見ていてもいまいちピンとこない。
一体どうすれば日常生活に役立てることが出来るのか考えてみた。


信用を作ることはピンとこないけれども
信用を失う人の事は何故かピンと来た。


適当に羅列する。


・自分の話しかしない。
・部屋を散らかしっぱなしにする。
・嘘ばかりつく。
・頼み事をしてもやらない。出来ない。
・言い訳をする。
・口ばかりで行動しない。
・暗い。
・鬱陶しい。
・人の忠告に耳を傾けない。
・言動と行動が矛盾している。


ざっとこのくらいは思いついた。


信用を失う人の共通点は
「だらしなさ」だと思う。


やることなす事に筋が通っていなければ見ている人も大概は相手にしなくなる。
そして、知らぬ間に信用を失って干されて終わる。
信用を失う人は一言で言うとダサい人なんだな。と結論がついた。


じゃあ逆に信用される人はどんな人だろう。


これも適当に羅列する。


・自分の話もするけど相手の話もきちんと聞く。
・やる事はキチンとやる。
・言わなくても行動してる。
・頼まれごとをされたら想像以上のクオリティでこなす。
・明るい。
・一緒にいると楽しい。
・忠告を受けたら改善をする。
・言動と行動が一致している。


最初に適当に羅列したものの真逆のパターンだ。
見るからに出来る人的な雰囲気が感じられるが、一重にちゃんとしてるから信用される。とも限らない。


ちゃんとしてる人が嘘をついたり、誤魔化したり、人を騙したりした瞬間にその人の信用は一瞬で失われる。


人は色んな要素で人を信用するけど、何に価値があるかなんて今の世の中分からない。
日常生活の中の些細な出来事をもう少し注意深く見てみようと思う。

超強気な味方。

今から4〜5年ほど前だろうか。

当時10年間続けていた自衛隊を辞めたいと悩んでいた。


超グズグズ悩んでいた。


「辞めたい、でも、金が…」
「辞めたい、でも友達いなくなる」
「辞めたい、でも親に心配される」
「辞めたい、でも」


生まれてこのかたグズグズして生きてきた私は決断力の弱さがかなり致命的な弱点になっている。


ここぞ!いざ!という時にグズグズして、適当な理由で自分を納得させて逃げる弱い人間だ。


3ヶ月くらいだろうか。


そんな事を何度も一人で考えてはグズグズしていた。


もう嫌だった。

 


ある時だった。


一人で部屋に腰掛け、ボーっとしていた。


あれはなんだったのだろうか。


今でも強烈に覚えているが、完全に自分の魂らしきものが抜けていた感覚を覚えた。


右斜め45度らへんの角度からグズグズ悩んでいる自分をおよそ30秒ほど見つめてこう言った。


「お前さ、いつまで同じこと考えてんだよ!あぁ?」


「???」


聞こえたのか、自分が話したのかは曖昧なところだ。


自分が自分に言葉を話した途端に意識が戻った。


続けて何かがまた話し出した。


「さっさと辞めろっつーの!」
「バカじゃねぇの!?」


「???」


「やりてーのか、やりたくねーのかハッキリしろ!カスが!!」


「え!?はい。辞める、辞めます!!はい!」

 

 


このやりとりをキッカケに
その後、あっさりと自衛隊を辞めることになった。


自分の中に超強気な誰かがいるらしい。

変わる。

何気ない過去の記憶を突然思い出すことがある。いつもふとした瞬間にだ。
思い出そうとしても出てくる記憶ではない。
無意識にしまいこんでいたものがあるのだと思う。


胸に響いた言葉や、楽しかった思い出が突然降りてくる。


それがどうしたなんて自分にはわからない。
ただ、それがその記憶たちが今の自分を作っているのだと思う。


昔からとても不器用だった。
大口を叩く割にはいざとゆう時に身体が動かなくなる。
高校時代にまぐれで決勝に行った時も試合の前から勝負はわかっていた。


「勝てるわけがない」


もう既に結果を自分で決めていた。


悪い癖だ。


県でたった二人しか立てない決勝の場にいたのに、それでも自分を信じることができなかった。


「あんなのまぐれだ」
「運が良かっただけだ」


それなりの結果を出してもまだ自分を認められなかった。


当時好きな女がいた。
そいつは決勝で自分に勝ったやつと付き合っていた。
それを見てもまた、自信をなくしていた。


競争が向いていないのだろうか。
実力がありながらも頂点に立てなかったのは全て自分が決めていたのだと思う。
いつも楽な方に逃げて誤魔化してばかり、そんな自分がずっと嫌いだった。


いつもだ。どんな時もだ。
ここぞという時にいつもチャンスを逃す。
目の前に、すぐ目の前にチャンスが来ているのにいつもビビって逃げてばかりだ。


ホントにクソだと思う。


いろんな面で自分を否定している。


借金をしているから、もう33歳だから、金がないから、休みがないから、時間がないから、自信がないから、


変わりたいのに変われない。


そうじゃない。


変わらないと決めているのだ。


無意識的すぎて気づかなかったが、多分変わるのが怖いのだと思う。


変わってしまったら、どうにかなってしまう。
変わってしまったら、なにかを失ってしまう。


と、心のどこかで知っているのだと思う。


だけど、もう、そんなの知らない。


否が応でも変わる。


変わる。


俺は変わる。


過去の自分を捨てる。


何が何でも変わる。

 


くそ。

 

 

 

地区二回戦負けだった貧弱な男が県の決勝まで上り詰めた話。

中学生の頃に、柔道を始めた。

父親が中学時代に柔道をやっていたという話を幼い頃から聞いていた。
幼い頃に、よく、相撲をしたり、ボクシングの真似っこをしたり、柔道をして遊んでいた。

本当はバスケ部とか、サッカー部とか、陸上部に入るつもりだった。
しかし、色々と見て回るうちに「先輩が怖そう。」「練習がキツそう。」「続けられるか不安」みたいな弱気が顔を出していた。
迷いに迷ってたどり着いた先は柔道部だった。あまり見たことのない光景で柔道着を着て汗だくになっている姿に、私は妙な高揚感を覚えた。

一般的な感覚だと、柔道というイメージは地味でダサくて臭そうで、パッとしない。そんな印象だろうか。

しかし、昔から人と同じ事をするのが苦手だった私は真っ先に柔道部に入部を決めた。

当時の私はひょろひょろで、確か162cmで、45〜6kgくらいしかなかったと思う。貧弱だった。

ガリガリな身体にブカブカの柔道着を着て練習をすれば、先輩や同級生にも簡単に捻り潰され投げられていた。

試合に出ても緊張して技も出せずに負け、中学三年生の頃の最後の大会では地区二回戦で簡単に負けてしまった。

悔しくていつも泣いていた事を覚えている。

周りの同級生は、それほど柔道に対する思い入れがあった訳ではなかった。
練習はテキトーにやって、試合で負けてもヘラヘラしていた。
何故か本気だった私は周りの同級生の態度があまり理解できなかった事を覚えている。
当時、謎に本気だった私は他の同級生と明確に違った事がひとつある。

それは「絶対に強くなる」という気持ちを持ち続けていた事だろうか。

私はとにかく強くなりたかった。
理由は今でもよく分からないが、何が何でも強くなってみんなを見返してやりたいという気持ちが人よりも強かった。

高校に入っても絶対に柔道部に入って絶対に強くなる。と心に決めていた。

しかし何も結果は伴わない。体力も実力も何もなかった。

高校に入って柔道部に入部した。
同級生は確か9名くらいいた。

同級生の強い奴にはボコボコ投げられて、先輩には奥襟を掴まれて身動きも取れずに毎日ひねり潰されていた。

気持ちは強くなりたいとは思っていても身体がついていかなかった。
パワーがないのか、スタミナがないからなのか、技が下手くそだからなのか。

初めの頃はパワーもスタミナもないし、技も下手くそだ。

練習では毎日捻り潰され、試合に出ても結果は出ない。
自分に問い続けながら、どうしたら強くなれるのかを毎日考えていた。

しかし、私には謎の自信があった。

結果はついて来なくても必ず強くなる。という根拠のない自信だけは何故かあったのだ。

そんな事をひたすら続けていて、努力と練習に対する姿勢が認められたのか、団体戦ではレギュラーメンバーとして起用された。

しかし、やはり実力は伴わずあまり勝つ事は出来なかった。
試合に出ると緊張してしまい身体が動かなくなる。そして技も中途半端だ。

気持ちだけが前に出ている。そして結果は伴わない。

そんなパッとしない時期がしばらく続いていた。

そんな私は試合があるの、同学年の県のトップクラスの選手はどんな動きをしているのかをよく観察していた。

見ていると、動きが軽やかで、いとも簡単に技を次から次へと繰り出し簡単に一本を取っていた。
この違いがなんなのか、私には分からなかった。

何故そんなに技が出るのか。
何故そんなに動きが軽いのか。
何故一本を取れるのか。

この違いが全く分からなかった。

当時の私がいつもなんとなく気になっていた事がある。
一本を取れない事だった。

しばらく試合に出続けるうちに勝率は上がっては来ていた。
しかし、
一本を取る事が出来ない。技も出ない。緊張する。

これまたパッとしない時期が続いていた。

今、客観的に当時の自分を振り返ると試合中にいつもこんな事を考えていた。

「投げたい。投げて勝ちたい。背負い投げで一本を取りたい。絶対に投げる。絶対に投げる。」

一言で言うと、【こだわり】だ。

一本で勝つ事と、投げて勝つ事に意識を集中させすぎて他のチャンスを逃していた。

そんな事を思えば思うほど、技は出なくなり、相手にも動きを読まれる。
そして、技を出せば中途半端な投げになり一本なんか取れる訳がなかった。

当時の私はその事に全く気がつかなかった。


そんな私にも転機が訪れる。

高校2年生の頃、ある試合に出た。

試合に慣れてくると、以前のような妙なこだわりは消え失せていた。
その代わりに確信のある、根拠のある自信が私を包んでいた事を今でもはっきりと覚えている。

ある瞬間、得意の背負い投げを放った。

パチーンと綺麗に一本が決まった。

その時は何故、一本を取れたのかは分かっていない。

一言で言うと、
「身体が勝手に動いた。」
そんな感覚だった。

今までパッとしなかった時期は身体ではなく頭で考えて試合をしていた。
「投げたい。勝ちたい。一本を取りたい。」という気持ちが強かった。
頭で考え過ぎているから身体が動かなくなるのだ。
その結果、技が出ず、勝ってもパッとしない結果に終わっていた。

しかし、見事な背負い投げでの一本を初めて決めた時の感覚はこうだ。

【何も考えずに技が出た】

思考を介さずに、身体が勝手に動くのだ。技が身体に染み込んだのだろうか。

勝手に身体が動いてしまい超納得の一本勝ち。

この日をキッカケに私の中の何かが変わった。

試合に出れば7、8割の確率で一本を決めた。
そして、変な試合をして負ける事もほとんどなくなってきた。

「相手を掴めば投げられる」

見事な自信が自分の中に確立した。

更にコツを掴んだ私は高校3年の最後の大会では県大会個人戦準優勝まで上り詰める事が出来た。

あと一歩でインターハイだった。惜しい(笑)

やはり頭よりも身体で覚える事だ。
私はこの事を柔道を通して学んだ。

この感覚の違いは、柔道に限らずあらゆる事にも言える。

頭で考え過ぎて何もできなくなるよりも
身体に任せて思い切ってやる。

思考を介さずに湧いてくる
「今だ!」
「ここだ!」という感覚。

極めて一瞬の感覚だが、この身体感覚を掴むことがあらゆる事の成功の鍵ではないかな。と最近考えている。

 

 

ノスタルジック忘年会。

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昨日は古いもの好きの先輩方と一緒に忘年会。

場所は谷中。

夜の谷中は人通りがとても少ない。
しかし、なんとも言えないノスタルジーな雰囲気が町全体を包んでいる。

とても不思議な町だ。

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お店は特に決めていなかったが、フラフラと歩いてなんとなく気になる店に入った。

海鮮居酒屋だろうか。

カウンター席のみの店内は三人入ればほぼ満員状態の狭さだ。しかし、その狭さがとても落ち着く。

店の中から外を眺めてもほとんど人は歩いていない。かなり隠れ家的な店だ。
しかもコスパが良く、料理も美味い。かなりの大当たりだった。

集まった三人は、古いものが好き。という共通点がある。LINEグループで普段ちょこちょことやり取りをしているが、会うのは半年ぶりくらいだった。

しかし、話は全く途切れないから不思議だ。

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話の内容は様々だ。
美味いベーグル屋の話。いらなくなった70年代のグラスのロゴの話。隠れ家的な名店の話。骨董市の話。古着の話。美術館の話。好きな町の話。オールドミュージックの話。レトロな喫茶店の話。LINEグループのメンバーの話。仕事の話。好きな風景の話。日本酒の話。これを飲むと悪酔いしてしまうんだよ的な話。路地裏の話。台東区の話。酉の市の話。

もう、次から次へと話が出ては止まらない。三人とも共通してノスタルジーな雰囲気が好きなので会話の雰囲気もゆるやかに流れて行く。

1軒目の料理が非常に美味だった。
マグロの脳天刺し、しじみの酒蒸し、エビの丸焼き、エリンギのチーズ焼き、鰯刺し、納豆厚揚げ、などなど、散々食って飲んで一人3000円弱だったから驚いた。安い。美味い。最高だ。

割と酔っ払いながら2軒目の店を探した。外は寒い。

去年見つけた根津にあるbarに向かった。
店内は70年代のレコードが流れているこれまたノスタルジックな雰囲気でスイカのカクテルが美味い事を覚えていたのでそこに向かった。

店の外からはなにやら歌声が聞こえる。

ライブだろうか。

店内を覗くと、狭い店内にかなりの人が入っており、ライブで満席のために入る事が出来なかった。

かなりいい雰囲気で、今度こそは絶対に行きたいと思う。ますますスイカのカクテルが飲みたくなった。

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仕方がないので、近くの店を探した。

路地裏にラーメン屋だとか、居酒屋、焼肉屋が点々とある。

中でも雰囲気のいいbarを見つけそこに入った。店内はカウンターとテーブル席が2つ。久しぶりにbarに行ったために、私は少しばかりドギマギした。

アメリカンな雰囲気の店内では80年代の洋楽が静かに流れていた。店の天井はヤニで黄ばんでいる。
個人的になかなか嫌いではない良い雰囲気を醸し出していた。

アメリカン風なbarなのに、なぜか牡蠣がおススメらしく、牡蠣鍋を三人で突いて食べた。なんと、抜群に美味い。大当たりだ。

どうせなら変わったお酒が飲みたい。という事でそれぞれちょっと変わった酒を頼んだ。

これまた美味だった。

2軒目でも相変わらず話は続いた。
あーでもないこーでもない。と三人でしゃべり続け気づいたら24時を回っていた。とゆうことで、今回はこの辺でお開き。

たまにしか会わないけど、こうゆう仲間を大切にしたいと思っている。

また飲みたいなぁ。

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ノスタルジックな夜だった。

 

人生の転機。

ふと、人生の転機について調べてみた。
人生の転機が訪れるとき何が起こるのか?こんな事が書いてあった。私自身の持論も交えて書いていこうと思う。

1.今まで興味があった事に興味がなくなる。

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これは、あぁなるほど!と思った。
人は、日々成長している。太ったり、痩せたり、シワが増えたり、年齢が増加したり。
とりあえず時が経つにつれて何かしらが成長している。
今まで興味があった事に興味がなくなる。というのは成長しているという明らかな証拠だと思う。
言い換えれば、視野が広がった。とも言うべきだろうか。
例えるならば、
猿から人間へと進化してきたように。
子供がハイハイから一人歩きをするように。
補助輪をつけて乗る自転車から補助輪なしで自転車に乗るように。

徐々に、その人が自由に動き回れるように意識が広がってきている証拠だと思う。

だから今まで必要だった事が必要ではなくなり、興味がなくなる。と思った。

2.会話が噛み合わなくなる。

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新しい物を見たり聞いたりすると、今まで信じていた事だけが正解ではない。と気づく事がある。

しかし、それを知らない人からすると、ただの怪しい話に聞こえたりもする。

意識の広さなのか狭さなのか、
視野の高さなのか低さなのか
よく分からないが、とりあえず今まで話していた人とは、話が噛み合わなくなる。そして、相手も自分に対して興味がなくなる。
同じ日本語を話しているのに、英語を聞いているような感覚だろうか。
とにかく何から何まで噛み合わなくなる。

古い考えに慣れ過ぎていると新しい考えに違和感を感じる。また、新しい考えに慣れてくると古い考えが鬱陶しく感じてくる。互いに似たり寄ったりだが、次に進むためには必要な過程なのかもしれない。

3.眠くなる。
転機が訪れるとき。やたら眠くなるらしい。
これはあまりピンと来なかったが、冬が明ける前の冬眠とでも言った所だろうか。
脳が一時、情報のシャットアウトを始めてその結果眠くなるのだろうか。
この辺はあまりよく分からなかった。

4.居心地の悪さを感じる。

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今まで居心地が良かったのに、居心地が悪く感じる。
興味がなくなる。会話が噛み合わない。眠くなる。と、くればやはり居心地も悪くなる。

運命なのか、宿命なのか、「ここではないよ!」と何かに導かれている。とでも考えておけばいいかもしれない。
私の場合、仕事を辞めて何をするかも決めていなかった時、実家に住んでいたのだが、まぁ居心地は最悪だった。
会話が噛み合うはずもなく、考えを分かり合える訳もなかった。

仙台から東京に出てくる時にはやはり不安もあったが、多分、あそこにはもう居てはいけないのだろうな。と心の何処かで思っていた。

人生の転機。というと大袈裟に聞こえるかもしれないが、今まで必要なものが不要になったり、環境が徐々に変わってきたりもするが、これも成長の過程と捉えてプラスに考えておけばいい。
止むを得ずに離れ離れになる事もあるが、出会いがあれば別れもある。
変わる事を恐れずに、人生の転機を迎えて頂きたい。

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