そのままの自分でいる事。

昔からどうもカッコつける事が出来ない。
外見だけの美人とか、金持ちとか、やたら綺麗なお店とか、中身のない会話とか、見え見えの嘘とか、ありきたりな敬語とか、愛想笑いとか、

そうゆう人とか、場所に遭遇すると、途端に息が詰まる。そんな事を最近思い出した。

私は昔からそんなに綺麗な環境で育っている訳ではないので、ちょっと狭かったり、汚かったり、ちょっと抜けていたりする人といる時の方がとても心が落ち着く。

高校では柔道部の汗臭い汚かった部室にいる時がとても落ち着いた。
社会人になって自衛隊にいた時は、山の中の茂みに隠れていた時もけっこう居心地が良かった記憶がある。

今もその感覚はあまり変わらない。

広すぎるリビングは落ち着かないし
小綺麗な街並みもあまり興味がない
綺麗すぎる女性の前では緊張するし
桁外れの金持ちとか、有名な人とかに会うと苦しくなる。

自分を変えたいなら、環境を変えろ。とかいう事をよく聞くんだけど、自分の居心地の良さを消してまで変わろうととはどうしても思えない。

無理して自分を変えようとするから変な事が起きたりするんだと思う。

無理に自分を変えようとするよりも大切な事は「そのままの自分でいる事」だと思う。

今の自分よりも良くなろうとするあまりに、今まで自分が大切にしてきた価値観や友達や環境を無理して捨てる必要は無いと思う。

考えてみれば今の自分を作ってこれたのもその価値観であり、友達であり、環境だ。

だから、無理して手放す必要もそれほど無いと思う。

幼い頃に、自転車に乗る時に、突然補助輪を外された時どんな気持ちだっただろうか。
幼い頃に、一人で初めて電車に乗った時、どんな気持ちだっただろうか。

初めて傷ついた時。
初めて不安になった時。
初めて恐怖を覚えた時。

どんな気持ちだっただろうか。

その時、そばにいた人は、自分が大切にしていたものを突然自分から奪ったりしただろうか。

きっとそんな事はなかったはずだ。

 

 手放す時期が必ず来る。

 

そんな事を突然思った。

人が集まる空気を作る。

冬が近い。乾燥肌の私の右手が見事にささくれて来ている。自慢のバセリンを塗りたくっているのだが全く効果がない。しかし塗っている。

さて。

シェアハウスに住んで2年目に入った。
さまざまな人が出たり入ったりを繰り返している。何故かは分からないが、男性の移動が多く、女性はほとんど動かない。一年間の間に、男性の移動は7名で、女性の移動は1名だ。

ずいぶん前に、みんなと仲良くなろう!と思いシェアハウス盛り上げ計画を実行した。

私がはじめに手をつけたのは、場の空気感作りだった。

部屋が分かれているために、共用スペースに人が集まらない限り会話が出来ない。だから家にいる大半の時間を共有スペースで過ごしていた。

私の経験則からいうと、盛り上げよう!とか、仲良くなろう!と意気込んで積極的に距離を縮めようとすればするほど、距離は遠くなる。と読んでいた。

なので、遠間からボソボソ。と話しかけるような会話をしばらく続けた。

あついねー。とか
今日は休み?とか
おお、髪切ったのか。とか
これ、食う?とか

そんな感じだ。

そんなしょうもない会話を毎日続けることによって徐々に会話は広がる。

会話は続けよう!とすると続かない。
無理に力を入れない事が重要だ。

そんな事を1〜2週間、淡々と続けた。

すると、あちらから、そちらから話しかけてくる人がポツポツと集まってくるようになった。
すると、話したことない人同士が会話をするようになり、場の雰囲気が良くなった。

私の読みは当たった。

しょーもない会話は場の空気を変える。
そこに人が集まってくる。
誰かと距離を縮めようと思うのなら、意気込まずに普通の事を淡々とやる事だ。
そんなちょっとした事だけで結構大きな変化が起きる。

参考までに。

人見知りを克服しないで克服する

昔から、極度の人見知りだった。

知らない人と会うと、カチンと固まり会話をする事が出来なくて悩んだ事もあった。

ある日から、人見知りである事を肯定するようになった。

すると、脳の神経回路が変わるのだろうか。人見知りである事がプラスに働くようになった。

例えばこんな感じに。

「いや、おれ、人見知りなんすよね…(苦笑い)」

「え。そうなんだ。」

「いや、そうなんすよ。初対面だと顔が固まって言葉が出て来なくなって、そんでへんな汗とかかきます。」

「え?そうなの?てか結構喋ってるよね。」

「いや、そうすかね。人見知りなんだけど、治ったんかな。」

と、これはあくまで一例。

人見知りであることを肯定するようになると、人見知りというコンプレックスを中心に話題が広がるようになり、いつの間にか人見知りでも別にいいか。的な考えに変わった。

自分の中にある欠点を肯定してみると、意外と大丈夫な事に気づいたりもする。

コンプレックスを肯定する。

非常に手先が不器用で極度に悩んでいた時期があった。

周りの人が普通にできる事が三倍くらい繰り返しやらないと全く出来なかった。

だから、自分なりに、不器用でもできるシンプルな方法とかをめっちゃ考えるようになった。

それを周りの人に教えたりしたらけっこう評判が良かったりもする。

あと、人の目が気になる。ってことでも極度に悩んだ事がある。

人の目が気になる。ってゆうのは、
言い換えると、「視野が広い」とも言える。
人が気づかないことにいちいち気づいてしまい、過度に自分と比べたりするからどうも自分が劣っているような錯覚に陥り、人の目が気になって動けないのだと思う。

だから、それを逆手に捉えた。

「人の目が気になるのはいい事だ!」
とある日から都合よく決めた。
すると、脳の神経回路が変わるのだろうか。
「人の目が気になる」というコンプレックスが良い方向に働き出した。

普通の人が気にもしていない当たり前の事とかに疑問を抱くと即座に聞くようにした。

「これってどうなの?」
「これ、やりずらくね?」

みたいに。やたら提案が上手くなった。

すると、周りの人もうすうす気づいていたような改善点とかが浮き彫りになってきたりして、割と評判が良くなった事もあった。

自分が抱えているコンプレックス的な物も否定せずに肯定すると割と流れが変わる。

嫌だなー。と思っている事を肯定してみよう。意外と簡単に流れは変わったりする。

自分の持ち味。

昔からあまり万能なタイプではなかったので、ある日から出来ないことにフォーカスせずにできる事を前面に出そうと決めた。

自分の持ち味は、
タフとか、継続とか、割と空気読めるとか、酒好きとか、割と融通効くとか、基本ヒマとか、そんな感じ。

タフだから、あんまり休まないし
継続するから、レベルは上がるし
割と空気読めるから、雰囲気作り上手くなったし
割と融通効くから、相談とかもよく受けたし
基本ヒマだから、人の誘いには乗りまくったし
人の誘いに乗りまくるから、話題の中心にいつもいるようになった。

てな具合に

一見しょーもなく見える自分の持ち味も割と需要があることを24〜5歳くらいの頃に知った。とゆう地味だけど為になる話。

運気を一瞬で上げる方法。

言いたい事を言えずに我慢していると、自分の身体が沸騰したように熱くなることがある。
人の思考は強力なエネルギーなので、溜め込むと自分にダメージを与えることになる。
そんな時、私は、自分がイライラしている事に気付いたら、場所を見計らって叫ぶことがよくある。

「ぬぁぁぁーー!!!!」
「おぁぁぁーー!!!!」
「クソが!!タコが!!うぉぉー!!」

と叫んで、一旦チャラにする。笑
思い通りにならない事もやはりある。
だからそれに気付いたら言い争うのではなく、私は一旦外に吐き出す。

これはかなりいい解消法だと思う。
すると、不思議な事に身体が軽くなり明るい気分に自然となる。

人間の感情は喜怒哀楽が回っていると聞いたことがある。
嬉しいことばかりではなく、腹が立つこと、哀しいこと、楽しいことが生きていればいくらでもある。
感情は常に移り変わり循環しているそうだ。陰があれば陽もある。裏があれば表もある。どちらも表裏一体なのだと思う。

捉え方次第で、見え方は変わるとも言われるが、どうしても良い方に解釈できないこともやはりある。出来ない事は無理してやらない事だ。

そんな時は叫ぶのだ。
心のままに叫ぶのだ。

「ぬぁぁぁーー!!!!」
「おぁぁぁーー!!!!」
「クソが!!タコが!!うぉぉー!!」
「つぉーー!!!ゴミめ!!カスが!!死ね!!ファック!!ファック!!クソが!!!」

と、叫びたいだけ叫べばスッキリする。
かなりオススメだ。

よく、自己啓発の類いの本などを読んでいると
「汚い言葉を使ってはいけない。」とか
「悪口を言ってはいけない。」とか
「物事に対する見方を変えなさい。」とか
そんな事が書いてある。
しかし、そうも言ってられない事が誰にだってある。腹わた煮えくり返ってしょうがない時は叫ぶのだ。もしくは無意味に走るのだ。

自分の中に溜め込んではいけない。
溜め込む事が癖になると、普段から出る言葉が暗い陰湿なものに変わってしまうからだ。

それがエスカレートすると、鬱になる。

無意識に溜め込んで心の中で呟いている言葉が口癖になってしまい、自分を呪う呪文のようになる。自分の感情を舐めてはいけない。
そうすると、自分が自分にかけた言葉が知らぬ間に自分を呪う。
八方塞がりのようになり、「なんでこんなことばかり起こるんだ!」と更に自分を責め行き場を見失う。
言いたい事が言えない事が当たり前になると、やはり辛い。

言葉にならなくてもいいから、誰かに分かってもらおうとしなくてもいいから一度吐き出す事をオススメする。

ただのストレス解消法と思って侮ってはいけない。これだけで運気の流れがガラッと変わると私は睨んでいる。

 

 

 

個展を開いてみようと思ふ。

週刊ロジーというフェイスブックページを一週間に一度くらいのペースで更新しています。

【週刊ロジー】

https://m.facebook.com/shukanroji/

個人的な目標として、これらの写真を使って写真集を作るのと、個展を開いてみたいと前々から思っていました。

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以前Facebookを見ていたら、原宿のデザインフェスタギャラリーという会場を見つけました。
確か7月くらいに「3丁目の写真展」という個展を開いていたので、見に行ったところ会場の雰囲気がとても気に入りました。
デザインフェスタギャラリーは、元々アパートだった物件をリフォームしてギャラリースペースとして展開しています。

会場入り口はこんな感じ。

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壁にはたくさんのアートが自由に描かれており、西館と東館の間にはカフェとお好み焼き屋さんがあります。とてもとても雰囲気がある場所です。

説明会では

・個展の説明

・スペースの使用方法の説明
・会場内の案内
・質疑応答

などを行いました。

ギャラリーのスタッフがゆるゆるとした雰囲気の中、説明をしてくれて質疑応答では参加者の皆さんが何を造っていてどんな個展を開くのか一人一人話してくれました。

参加者は全員で7名で
女性の絵を描く人、帽子を造っている人、ハンドメイド作家、装飾家、詩を書いている人、カメラで10年以上廃墟撮影を続けている人、スマホで路地裏を撮っている人(自分。笑)
が参加していました。

参加者一人一人が何かを表現するという事に対してとても積極的な方ばかりで、とてもいい雰囲気の中の説明会でした。

説明会後に、会場なかのカフェにてスタッフと1時間ばかり雑談。

アートの話、哲学の話、コンセプトの話、仕事の話、趣味の話などなど。

初対面にも関わらず深い話をじっくりとしました。
このギャラリーは、どちらかと言うとアマチュアの人が個展を開いてみたいけど、どうすればいいんだろうと迷っている人が最初の一歩を踏み出すのには最高の場所かと思います。

非常になんとゆうか温かい雰囲気の中、個展をきっかけに友達を作るのにも最高の場所かと思います。

これからもちょくちょく遊びに行こうと思います。

 

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