全ての現実は、一種の洗脳で出来ている。

私は、3年ほど前に、10年間勤めた仕事を辞めた。 同僚との仲も良かったし、先輩、後輩にも恵まれていた。それなりに上司からの信頼もあり、それなりに仕事も出来る方だったと思っている。

10年間同じ仕事を続けていく中で、私は、少し違和感を感じるようになってきた。その違和感とは、なんとゆうか、言葉に言い表せられない空虚なもので、この先もこの仕事を続けていくのか。と思うと、少し不安になってきた。 仕事の環境なのか何なのか、周りの友人達が次々と結婚をしていった。 家族を持ち、子供を授かり、友達が一人の親として巣立っていくのを私は、ただ、見ていた。

周りからは、「結婚しないの?」だとか、「彼女いないの?」だとか、「早く結婚しなよ。」だとか、何故か急かされた。当時、私は独り身で、特に結婚などは考えていなかった。 少しずつ、自分を取り巻く環境が変化していた。

私には、「結婚=幸せ=ゴール」という概念があった。しかし、周りを見渡してみると、そう見えなかった。誤解されると困るが、結婚した人を非難したい訳ではない。ただ単に私は、何かこう自分の人生を深く見つめ過ぎていて、他の人と同じような行動をとる事にかなりの抵抗があった。

まだ、ゴールしたくなかった。

一般的な人の、いわゆる普通と言われる人生の設計図として、たくさん勉強をして、良い大学に入って、一般的に良いとされる仕事に就き、結婚をして、子供を授かり、淡々と仕事をこなし、定年退職後は年金生活or再就職。といったイメージが私にはある。 しかし、当時の私は、そのレールに乗りたいという気持ちが全く湧いてこなかった。

ただ、その目の前の現実とは逆に漠然とした理想だけはあった。 「好きな仕事をしたい。」「もっと、やりがいのある仕事をしたい。」「もっと【生きている】という事を実感したい。」

目の前の現実を見る度に、私のその想いは強くなっていた。 しかし、周りにそのような想いを抱く仲間はいなかった。 そこで、少し、一歩引いて周りを観察してみた。すると、ある事に気づいた。

みんな、嫌そうな顔をしていた。 そう。みんな、実は、やりたくないのだ。勿論、声に出して嫌だと言う人はいなかったが、明らかに私の目にはそう映ったのだ。

思い起こせば私は、18歳の頃から同じ仕事をこなしていた為、それ以外の手段はないと思い込んでいた。 しかし、よく考えてみると、コンビニの店員や、ガソリンスタンドのスタッフ、パチンコ屋の店員や、焼肉屋の店員など、自分の周りにはまだやった事がない仕事が山のようにある事に気づいた。

生まれてから初めて見た女性を母親だと思い込むように、一つの世界に長時間居続けると、それ以外の世界は、自分には関係のない事だと思い込んでしまう。 しかし、そうではなかった。 私は、そのたった一つの世界しか見ていなかっただけに過ぎなかった。 それから、積極的に他業種の人間と関わるようになった。 自分の未知の世界で働いている人の考えや、感覚を知りたくなった。

コンビニの店員、古着屋のスタッフ、バーのスタッフ、OL、本屋の店員、駅員さん、サラリーマン、デパートのスタッフ、お土産屋さん、カフェのスタッフ、ラーメン屋のスタッフ。

今まで何気なくしか見ていなかった人を細かに観察するようになった。 すると、またある事に気づいた。

全然、違う。

当然の事だが、仕事の内容も違ければ、仕事に対する感覚も違うのだ。 休日の違い。職場の人数の違い。雰囲気の違い。服装の違い。営業時間の違い。場所の違い。住んでいる場所の違い。休憩時間の違い。

例をあげたらキリがないが、何から何まで違うのだ。この事実に私は唖然とした。そう、まるで知らなかったのだ。 今まで、私が常識と思っていた事が、他では非常識であり、他では常識な事が私のなかでは非常識であり。 まるっきり違う事に気づいた。

この発見は、なんとゆうか、ショックだった。 何故ショックなのかというと、あまりの世間の知らなさと、私の世界を見るの目の狭さに落ち込んでしまったのだ。

とゆうことは?

これは一種の洗脳だったのか?という疑問が湧いてきた。 自分の置かれている立場だけを思い込んでいた自分に気づき、さらに発見した事があった。

それは、親だ。

続く。 ****************************

佐藤 忍賢 携帯:08045128756 LINE id:motomotokatsu Facebook https://m.facebook.com/rzuoteng?fref=qr_code&_rdr

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