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moto blog

週刊ロジー。

気がつけばそこに在るもの。

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私の家から歩いて20〜30分くらいの場所に、上野がある。周辺の地理をまだ、あまり理解しておらず、今日は歩いた。

歩いていると、あちらこちらに神社がある。

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私は、何故なのか、いつも神社に立ち寄る。あの神聖な空気が、心を落ち着かせてくれる。地名はよく分からなかったが、穏やかな街並みが、ただ、佇んでいた。

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これを見て、何かご利益がある訳でもない。そして、何か得をする訳ではないが、ただ、「あぁ、いいなぁ。」と感じられる。私は、何もない空白の時間や、場所にこそ何かがあると思っている。私は、心を放って置くと、すぐに悲観的な考えに流れていってしまう癖があるので、心を落ち着かせる為に、心のままに歩く。

泣いている女の子。

今日はとても暑かった。あまり持久力がある方ではないが、3駅程度歩いた。

道の途中で、子供連れの母親の凄まじい怒号が聞こえた。なにやら子供が泣きやまない事に腹を立てているようだった。泣いているのは4〜5歳の女の子だった。何があったか分からないが、母親が怒鳴りつけている。「こんな所でそんなに泣かないでよ!」「静かにしなさい!」実の母親に冷たい言葉と凄まじい怒号を浴びせられ、泣いていた。女の子はしばらく泣いていた。悲しいのだろうか。怖かったのだろうか。涙が止まらない。一緒にいた父親がなだめるが、涙が止まらない。女の子は、声を上げて泣いている。父親と、別の方向へ歩いていった。 

言葉の使い道。

言葉は使い方によって、凶器にもなる。何があったか分からないが、幼い子供にそこまで怒らなくてもいいのではないかと思った。女の子は泣いていた。見ているこっちの方が悲しくなってきた。人に優しく出来ない時は、誰にでもある。しかし、声を張り上げてまで相手に罵声を浴びせる事ほど、疲れる事はない。相手を傷つけると同時に、いつしか、自分の良心に傷つけられる日が来る。

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怒る事にエネルギーを使うくらいなら、精一杯優しさに使ってあげた方がいい。優しさを与えれば、誰かに優しくして貰える。傷つけ合うよりも、分かち合う事だ。ささいな言葉でも、使い道にを間違えるだけでえらい事になる。しばらく歩いていると、女の子は、何かを思い出したのだろうか、また泣いていた。父親がなだめるが、あまり効果はなかった。 

自分に戻る方法。

子供たちは、心のままに泣く。これは一見、当たり前のようだが、大人になるにつれ、感情を押さえつけるようになり、泣く事を忘れる。そして、笑顔を忘れる。私は、泣く事は、涙を流す事は恥ずかしい事ではないと思っている。以前ブログにも書いたが、涙を流す事は、自分に戻る方法であると思う。涙を流し、泣きわめき、最後に立ち上がるのだ。本当は、それでいいと思う。 

そんな事をふと、思いつつもまた、歩いた。太鼓の音が鳴り響いていた。祭りのようだった。やはり夏は祭りが盛んだ。太鼓の音に吊られ、その音が聞こえる方まで歩いた。前から気になっていた場所に辿りついた。これはなんの植物だろうか。敷地いっぱいに自然が広がっていた。

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公園の敷地内には、池があり、ボートを楽しむ人たちがたくさんいた。天気が良く、祭りもやっていた事から家族連れも多いようだった。歩く人、池を眺める人、鳩に餌をあげる人、絵を描く人、散歩する人。何気ない日常に、幸せは溢れている事に気がつく。

ただ、そこに在る。

池を眺めるだけなのに、ただ、ボートを漕ぐだけなのに、ただ、その場にいるだけなのに。何故、幸せを感じるのだろうか。「幸せは、ただ、そこに在るのだろうか。」 ただ、笑い、ただ、楽しみ、ただ、泣き、ただ、在る。私は最近、この唯(ただ)という言葉が気になっている。 

先の事など気にせずに、ただ、楽しむ。それこそが、多くの人が求めている瞬間であり、探す事などしなくてもある。ただ、そこに在る。昔よく聞いていた曲にこんなフレーズがあった。「愛はきっと奪うでも与えるでもなくて、気がつけばそこにあるもの」

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きっとそういう事なんだろう。

 

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藤忍賢(Motokatsu Sato)
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