諦めること。許すこと。委ねること。

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なんだかここ最近落ち着かない日が続いていた。何故か分からないけど、寂しさと不安が溢れてきた。部屋に閉じこもり、心が鎮まるのを待っていたが無理だった。近くの噴水のある場所に向かった。私は、昔から極端に考え過ぎてしまう。

極端な考え。

お金がないと死ぬ。友達がいないと死ぬ。何かをしないと時間が勿体無い。腹が減って死ぬ。また時間を無駄にしてしまった。今世でまだ死んだこともない癖に、いちいち怯えて萎縮する。萎縮した脳では思考がただ空回りしてしまう。こうゆう時は、思考を止めなければならない。自分でどうにかするのを辞めるのだ。どうにもならない不安を抑えつけるから苦しくなる。そこで私は、近くの噴水の力を借りた。

周りには沢山の木があり、いくつかベンチがある。噴水を囲うように円状に置いてあるベンチに腰掛け、ただ、噴水を眺めていた。不安に襲われてしまう時というのは、脳が変な情報を集めだしている証拠だ。一度小さなネガティヴな思考に火が着くと、瞬く間にそれは広がる。解決策を探し、路頭に迷う。こうなると、やはり苦しい。思考を止めなければならない。

委ねるという事。

私は、噴水の力を借りた。水の音に耳を傾けた。風が吹いている。太陽の光が照りつけている。蝉の鳴き声が響いている。道路には車が走っている。私はベンチに座っている。息を吸い、吐いている。少しだけ目を閉じ、私はただ、そこに身を委ねた。何故だろうか、たったそれだけの事だけで、自然と心が落ち着いてきた。呼吸が楽になった。

脳科学的に言うと、脳は放って置くと、ネガティヴな方向に向かってしまうらしい。難しい事は分からないが、現代人の多くが脳に支配されている。不要な情報に侵されている。たまには何も考えない時間も必要だと思う。あくまで身体は借り物であって、それを真上から見ている自分らしきものが恐らくある。

自分の中に入り込みすぎて、自分を傷めつけてしまってはいけない。不安でどうしようもない時は、自分でどうにかしない事だ。 

人間の生命活動の99.9%は、自分の力でどうにかする事は出来ない。髪は勝手に伸びてくるし、腹も勝手に減ってくる。
内臓は絶えず動き続け、呼吸が酸素を取り込み、血液を循環させてくれる。足を一歩踏み出せば歩く事が出来る。手を伸ばせば物を掴むことができる。何から何まで身体のお世話になりっぱなしだ。という事は、自分でどうにか出来る事など実は、ほとんどないのではないだろうか。

今日ふと、facebookを眺めていたら、たまたまブログを見つけた。私の極端に過ぎる考えに真っ直ぐ答えてくれた様な気がしたので紹介します。

その場で
何でも結果を求めて
すぐにそれを出そうとする。
特に子供について、
特に健康について、 
特に人間関係について、
そんな思い通りにすぐに
なるはずがありません。  



それをされる方の身にもなってみると、
相手も自分も
生身の身体と心を持ってるのだから、と
ひと呼吸、ふた呼吸おけそうですか。 



優しいひとは、まなざしを向けて 
待ってくれます。 
自分よがりなひとは、 
口出し手出しをします。



問題の原因を見つけたからと、
根こそぎカビキラーで撃退などというやり方は 
人に関しては、 
返って他の問題を新たに生み出すだけだと 
わたしは思います。

極端すぎる人たち。 - 女医とも子の診察室


これは子育てや、医師としての立場からの想いを綴っている小室朋子さんという方のブログだが、これを読んでいたら私の胸のつっかえが取れた。自分でどうにかしようとしていた。どうにもならない事はもう諦めるしかないのだと思う。諦めるともまた違う、委ねた時にきっと何かが起こる。

私は、最近そんな気がしている。

極端すぎる人たち。 - 女医とも子の診察室

諦めること。許すこと。委ねること。

諦める事と、委ねる事の行為の違いについて明確に示す事は出来ない。しかし、今思いついたが、委ねる事と許す事はどこか似ている。委ねる事と、許す事をあえて区別すると、許す事は、船に乗る許可証を貰う事であり、委ねる事は、この船に乗るという事。

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ふと、そんな事に気づいた。

 

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藤忍賢(Motokatsu Sato)
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