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moto blog

週刊ロジー。

言葉は言葉である前に、「音」である。

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道の途中に、花が咲いていた。運動不足解消の為に、最近は一時間ほど歩いている。私は、花について詳しくはないが、これは多分、紫陽花かなと思った。

花言葉

昨日の雨で散っている花びらが道端に落ちていた。何故だろうか、紫陽花の花言葉について知りたくなっていた。

紫陽花の花言葉は、「元気な女性」

「辛抱強い愛情」「一家団欒、家族の結びつき」とあった。これを一言でまとめると、【強い絆で結ばれている】とあった。私は、あまり深い意味は考えずに、ただ、「あぁ、良いなぁ。」と思った。私は、東京に来て、まだ2カ月余りだが、こういう絆は、いつも心の支えになっている。

誰かと結ばれているとか、誰かが愛してくれているとかではなく、今までの人生の中で関わってきた、特にいつも優しくしてくれた人たちの事をふと思い出すだけでいつも気持ちがとても楽になるのはどうしてなのだろう。

光と寄り添うもの。

今日は、朝から日差しが強く照りつけていた。雨上がりの空は晴れやかに広がり、太陽の光が射していた。光の先には影が矛盾もなくただ、寄り添っていた。

8月も中旬を迎え、秋が近づいている。強く照りつけている太陽の光の中に、どことなく、秋の風が寄り添いながら吹いているような気がした。秋の風は寂しさや、虚しさや、哀愁を漂わせている。私は、秋の風が嫌いではない。

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想いを伝えるということ。

私は今、コールセンターで働いている。電話の対応作業だ。元々口下手で、滑舌も悪い。声も低音で、愛想もあまり良い方ではない。しかも、電話も得意ではない。というか、電話は苦手だ。電話なら、メールか会う方がよっぽど良い。更にパソコン操作も指一本でしか操作できず、ブラインドタッチもままならない状態ではあり、デスクワークも人生で初めての経験だ。しかし、どうやったら受話器の向こう側にいる相手に自分の言葉が伝わるのか私は興味がある。

言葉には、限界がある。相手に対して自分の意図を伝えるには言葉だけではない何かがきっと必要だと感じている。相手の問いに対して、ただ、マニュアル通りに伝えるだけではきっと何も伝わらない。棒読みとは、文字通り棒のように突き刺さるのみであり、その先に広がりはない。言葉の向こうにある、何か見えない【歯車】のようなものを噛み合わせる必要があると考えている。

私は、受話器の向こうで問いかけてくる質問に対して、分からない成りに懸命に自分というフィルターを通して、相手が飲み込みやすいカタチに変えて、毎日、毎日、語りかけている。

どんな仕事や、一見つまらなく感じる事でも、工夫次第で楽しくなる。私は、日々に楽しさを見つけられるように意識するようになった。このブログでも、日々の些細な一見どうでもいいような欠片を拾い集めては、繋ぎ合わせて、私という媒体を通して言葉というカタチに変えて、更にブログというカタチに変えている。一見、取り留めもない面倒な作業にも見えるが、私は、何かを創り上げていく事が嫌いではない。

言葉は言葉である前に、「音」である。

毎日の生活の中で、言葉だけでは伝わらない事が山のように溢れている。コンビニで物を買うにしても、知らない誰かとすれ違うにしても、たった一言伝えようとするだけでも、ほんのちょっとした工夫だけで、何かが変わる。

あまり気に留める人はいないかもしれないが、些細な事に、大切な何かが隠れているような気がしている。

ふと、思った事や、ふと、感じた直感をそのまま行動に移す事は難しいかもしれない。しかし、ほんのちょっとの間を逃すだけで、伝えたかったはずの言葉や、チャンスを逃してしまう事がきっとたくさんある。

一方的に話し続けてもきっと思いは伝わらない。それは何故なのだろうか。

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言葉にはリズムがある。問いに対する答えにもきっとリズムがあり、テンポがズレれば相手の中に通っていかない。それは何故か。言葉は、言葉である前に音であり、音の集合体が言葉であり、言い換えれば多分、音楽とも言える。

日々の会話の中にテンポがあり、リズムがあり、それを共に奏でるのがコミュニケーションなのではないだろうか。こんな変な発想をする人はあまりいないかもしれない。ちょっとした間や、タイミングを逃すだけで、リズムは崩れ、テンポは崩れ、音楽だったはずの協奏が、狂騒となり、不協和音が生じ、理解が誤解に変わる。

無理に相手に合わせるわけではない。ただ、お互いに丁度良いリズムで奏で合うことがきっとよいコミュニケーションを築くのではないだろうか。毎日の生活の中で、私はそんな事を考えていた。

夏が終わりに近づいている。風が秋を運んできている。

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私は、秋が嫌いではない。

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藤忍賢(Motokatsu Sato)
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