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moto blog

週刊ロジー。

空腹に耐えられなかったので、断食をした話。を聞いて思ったあれこれ。

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私は幼い頃にアトピーで、全身が真っ赤に腫れ上がり、肌はガサつき、血でまみれていた。あまり具体的に書きすぎるとエグくなってしまうので、詳細は省くが、今はあの頃ほどに症状はない。

幼い頃の、食事制限。

当時3〜4歳くらいの頃に私のアトピーを見かねた母は食事制限を始めた。砂糖はダメ。卵はダメ。乳製品はダメ。ファーストフードなんてもってのほか。炭酸など愚の骨頂。油も出来るだけ取らない。野菜、魚、山菜、御飯。
確かに、身体には良いかもしれないが、無理矢理制限をされ、嫌だった事を覚えている。辛かった。

まぁいわゆる和食に切り替えるようになった。記憶にはないが、もっと幼い頃の2〜3歳くらいの頃は、ケーキを食べたり、ジュースを飲んだりしていたような写真が家に置いてあった。

だから、私のアトピーをきっかけに、家でケーキを食べたり、ジュースを飲んだりする事がなくなった。お茶や、黒砂糖のみを使った手作りのお菓子しか食べられなかった。しかし、今でも黒砂糖は嫌いではない。幼かったのでそこまで考えたりしなかったが、今になってみると、ちょっとやりすぎだなあと思う。

食事制限に加え、健康食品を強制的に飲むようになった。それはずいぶんと高価なものだったようで、それの費用だけで、ずいぶんとかかったと思う。
「あんたのためだ。」「アトピーを治すためだ。」と常に言われていた気がするが、幼いながらにやりすぎじゃねえか?と思っていた。今ではアトピーの症状はほとんどなくなったが、今でもなんとなく摑みどころのない違和感を感じている。

だから、家で誕生日を祝ってもらった記憶がない。祝い事で、ケーキを食べたり、何かを買ってもらったりした事がない。

母親の、更年期障害

母親は、その健康食品にのめり込み、数年後その健康食品を販売する仕事として取り組むようになったが、結果、何故か借金を抱えてしまい、更年期障害に陥り、精神的におかしくなった。

まともに思考する事が出来なくなり、家ではいつも泣いていた。玄関先で仕事へ向かおうとする父親に泣き叫んで、玄関前でうずくまっていた。家事や会話もままならず、まともな精神状態ではなかった。その症状を見かねた父親は、母親を実家に戻るように伝えた。母親は自分の実家に帰って療養生活を始めた。毎日畑仕事をして汗を流し、実家の農業を手伝っていたらしい。その数ヶ月後、病気は完治し、元気な姿で帰ってきた事を覚えている。しかも、小太り体型が痩せて帰ってきた。

今になって気づいたが、「あぁ、俺はもっと甘えたかったんだな」と思うようになった。

あまり裕福な家庭で育った訳ではないので、それほど贅沢をした事がない。常に賃貸マンションに住んでいたので、一軒家や、立派な家に対する憧れがある。

そして、何か劣等感を感じている。

破天荒気質な母親。

私の母親は、若い頃に看護師を目指していたという。幼い頃から身体の調子が悪く、困っていたという。小太り体質で、常に冷え症や、頭痛や、生理痛などでしっちゃかめっちゃかになっていた。幼いながらに、「あぁ、この人は不器用なんだな」と思っていた。

私の父親と姉は比較的器用なほうで、そつなく様々な事をこなす。掃除洗濯料理整理整頓。計画もキチンと立てて、堅実に生きているタイプだと思う。しかし、母親は、掃除をすれば家が逆に散らかり、整理整頓は出来ず、料理はまあまあで、計画など一切立てる事ができない。

しかし、人には要求をする。

ずいぶんと破天荒な気質を持った母親だが、私もその部分をかなり受け継いでいる。親が変なら子も変だ。良いも悪いもなく、私は父親と母親の両方の遺伝子を授かっている。

食事制限からの反動。

私は幼い頃アトピーだった。大人になった今でも、食べる事を制限されるとかなり感情が動く。汚い食べ方や、食べたい物を食べれない時にかなりイライラする。これは、私の幼い頃の食事制限からだと思っている。

しかし、なんだろう。その記憶からか、食に関するセンスは多分いい。自分で言うのもなんだが、チョイスはかなりいい。良い食べ物を口にすると、私は満たされる。しかし、これが実は仇となってあある。

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食べる事が出来なかったり、食に関する事でカンに触る事が起きると私の中で強烈に反応を示す。これは、あまりよくないなあと以前から思っていた。

「食べなきゃいけない。」「良い物を食べなきゃいけない。」「綺麗に食べなきゃいけない。」「食事で満足しなければいけない。」

最近になって気づいたが、私には食事に対するこういった固定観念がある事に気づいた。しかし、最近では断食や、デトックスが流行している。食べる事よりも、食べない方向へ、時代が変わってきている。

最近読んでいるこの人のブログを読んでいて、ハッとした。

以前も紹介した、女医の小室朋子さんのブログ。 

 

 空腹に耐えられなかったので、断食をした話。 - 女医とも子の診察室

今でこそ、私は一日2食で 
炭水化物は一回しかとらないこともあります。 
 
かつては、空腹に耐えられない女でした。
少しお腹が空いてくると、
すぐに何かしらつまむような。 
食べることばかり考えていたような気がします。 
 
なんで、そうだったのかな?と思い返すと、 
お腹を何かで満たしたかったのは、 
心のボカボカを何かで埋めたかったのかも 
しれませんね。 
 
 
それで、私は空腹というのは
気持ちがいいことなんだ、ということを
自分にわからせるために、 
断食をしたのです。 
 
空腹は、気持ちいい。 
 
心のボカボカも今はどこへやら。

 

http://comuron47.hatenablog.com/entry/2016/07/11/063741:title%5D

 

要するに、別に、食べなくても良いのだ。

こう思えた事は、私にとってかなり肩の荷が降りたような気がした。食べたい時に食べ、別に要らないときは食べない。食事に対する変なこだわりがあった事に気づいたのはかなりの収穫だった。

父親の買い込み癖。

私は、実家で生活していた。毎晩、家族で食事をする事が苦痛だった。何か恐怖を抱いているのか、私の父親はやたらと食材を買い込み、いつも不安な表情をしていた。台所が汚いと不機嫌になり、食べるものが少ないと怒り、水は綺麗なものでなければ怒り、買っていたはずの食材がなくなれば怒り、いつも不安と怒りに満ちていた。

食事が終わればため息をつき、食べ終わった食器を必死に洗っていた。家の中が汚いと毎日キレていた。次の日の御飯を何か脅迫観念に取り憑かれたような形相で準備をし、毎日いつも何かを買い込んでいた。

私は、その姿を見て、あぁ、こうはなりたくないな。と思った。単純に神経質過ぎるし、面倒くさい、なにより、家の雰囲気が悪かった。まず、親と一緒に住んでいる事が許せなかった。自衛隊の頃には、規則だらけの寮生活で、実家に戻ればクソ面倒くさいルールがある事がもう苦痛だった。

しかし、小室さんのブログを読んで幼い頃から丹念に刷り込まれた食事に対する偏ったイメージが少し和らいだ。

何事もやり過ぎは良くない。両親からそんな事を学んだような気がする。