大変な事が起きる時は 、大きく何かが変わる時。

自分の中で最低最悪の事をしてしまった時にその全てを許してもらう事が出来ると人は安心する。昨日そんな事があった。

私は配達の仕事をしている。
昨日、幸か不幸か接触事故にあった。
運送業のため、事故を起こした場合は、即クビを切られる。私は別にそれでも構わないと思っていた。

事故が起こり、警察を呼び、事情聴取をうけ、職場の上司に報告をし、あーだこーだと周りから散々言われたが、それでも許して貰えたことに私は極上の許しの感覚を覚えた。

仕事にミスはつきものだ。
私はとくに器用なタイプではないので、仕事でちょっとしたミスをしていつも怒られていた。何か問題児的な目で見られている感じがいつもしていて居心地が悪かった。

日に日に厳しくなる会社の縛りに吐き気までも催すようになり、一生続ける仕事ではないなと軽く見ていた。

普通の感覚なら、事故を起こした途端パニックになり、いらない想像をしてしまい、さらには周りからあーだこーだ言われて自己嫌悪に陥るパターンだと思う。

ーーだが、昨日の私は違った。

周りからは散々言われた。


警察からも事情聴取を受け散々言われた。
事故現場には警察の取り締まりで渋滞が出来ている。
公衆の面前で事故現場を見られている。

職場からは電話の連続。
普通の感覚ならかなり落ち込むと思う。

しかし、何故か私は何も思わず、ただ、安心していた。

職場に帰って上司に事情を説明すると他の社員の前でも三人がかりで散々言われた。

「お前は仕事を舐めている!」
「口酸っぱく言ってるはずだ!」
「こっちに迷惑がかかるんだよ!」
「反省してんのか!」
「もっとちゃんとやれ!」

絵に描いたような常識という名の言葉を並べ三人がかりで私は罵倒された。私はその人たちの怒りをただ眺めていた。
あぁ、この人は怖いんだなぁ。とただ眺めていた。そこまで怒って何になるのだろう。何十年生きてまだその考えにしがみ付いているのだろうか。私は、散々罵倒されながらも何故か冷静にその場にいた。

言葉は浴びせられるが自分を責めたりはしない。自分を責めてもどうにもならない事を知っているからだ。
それでも何故か全く気分が落ちることはなかった。そして、自分の中で妙な確信があった。

大きな波が来る。

【大変】な事が起きる時は
「大きく何かが変わる時」

私はそう考えている。

目の前の現実を見て、いちいち凹んでいたらもったいない。
何かが起きたらチャンスなのだ。
かなり変な捉え方かもしれないが昨日私は極上の許しを感じていた。
次の波はどんな感じかな。(笑)