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moto blog

週刊ロジー。

「差」から「和」へ。

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8ヶ月前に何故か上京してきた。
いろんな人に何故来たのか理由を問われるが、本当に自分の中に明確な理由が全くない。言えるとしたら
「なんとなく。」これに尽きる。

私は、昔からあまり遠出をするタイプの人間ではなかったのであまりあちこち出かけたりするほうではなかった。
住めば都という言葉がある通り、初めは不安だらけだったが、東京での暮らしにもなんとなく慣れて来た。こんな感覚に慣れたのもつい最近の話だ。

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私の中の考え方に
「同じ場所に居続けると根が生えて動けなくなる。」という考えがある。

同じ事をずっと続けていくことや、同じ場所に居続けることは木が大地に根を張るように不動の地位を築く事が出来るが、私の場合はその不動っぷりに居心地の悪さを感じてしまう。

確固たる地位や、不動のポジションや、揺るぎない覚悟には一見力強さを感じはするが、逆に融通の効かない硬さがある。これがあると、無駄なプライドやこだわりが強くなり身動きが取れなくなる。こういうタイプは男性に非常に多い気がする。

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おそらく、この考え方ではいずれ身体と心が壊れてしまう。無駄なプライドが、しがみついている地位が自分自身を知らず知らずに削ってしまうのだと思う。

だから、年々男子との会話が噛み合わなくなって来ているのを切に感じるようになった。男同士のスケベな話や、男同士だからわかるくだらない話も非常に好きではあるが信念や考え方となるとかなり意見の食い違いが発生する。

これは、ただの意見の違いであり、相手を言い負かしてやろうとか、分からせてやろうという気持ちは私には毛頭ない。しかし、自分の考えの中に確固たるものと柔軟性が混じり合っていないといざという時に身動きが取れなくなる事がよくある。硬いだけではダメなのだ。

 

人それぞれの中に男性性と女性性が混在している。時に男は男らしく、時に女々しい。一方、時に女は女らしく、時に男らしい時がある。

女々しい男は、男らしい女に惹かれたりする。
男らしい女は、女々しい男に惹かれたりする。

…話が逸れてしまった。

 

何が言いたいのかというと、こうだ!という確固たるものがあってもいいが、そればかりになってしまうと身動きが取れなくなってしまう。という事が私は言いたい。様々な考えや、様々な違いを受け入れながらその中に自分らしさを見出していけるともっと生きやすくなると私は考えている。

 だから、女性はその点柔軟性がある。

様々な考え方や、違いを受け入れながら柔らかく生きていける人が多いと思う。

仮に

男性社会が競争を好み、優劣の差で比較する「差の社会」だとしたら

女性社会は競争を嫌い、共に仲良く分かち合う「和の社会」ではないだろうか。

21世紀は女性の時代だという事をどこかで聞いた事がある。

「差」から「和」へ時代がどんどん変化してきている。

それがきっと近い将来当たり前になるのではないだろうか。

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そんな事を考えています。

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